地獄の返品女アザミ

思い出を食べて生きている

束縛男H ②

目に見える愛とは、時間・体力・お金の三本柱だ。
だけどもう1つ「自由を認めること」、これが私にとっては重要だったということを、Hによって思い知ることになる。


それまで経験したことがなかったのでわからなかったけれど、今思うとHは完全に束縛男だった。

Hはよく「片時も離れたくない」だの、「どこに行くのも一緒」だの、「家の外に出したくない。誰にも見せないで、僕だけのアザミちゃんにしたい」などと気味の悪いことを言っては私を困らせた。
また、付き合って1ヶ月を過ぎる頃には結婚、結婚としつこく迫られた。

私の職場は約24/25人が男という割合なんだけどそれがどうにも嫌だったらしく、早く仕事を辞めて家に入って欲しいと言われていた。
仕事がしたければ、自分の整骨院の受付を手伝って欲しいと。
だけど私はHの姿を目の端に映しながらニコニコ愛想を振るくらいなら、例え嫌われていても今の職場の方がよっぽどマシだと思えた。

そして最悪なことに、この整骨院は千葉のど田舎の森の奥にあった。
タクシーも人通りもなく逃げ出すことはできない。

アザミは車の免許を持っていない。
免許がなきゃ此処には住めないね、と言ったら「アザミちゃんは車の免許取っちゃダメだよ。行きたいところは全部僕が連れて行ってあげるから、大丈夫」と返された。


ゾッとした。
この森の中に幽閉されてしまう、と恐怖を覚えた。
この男は本当にガラスケースに私をしまい込む気かもしれない。そう思った。


そういえば、Hとは一度だけ喧嘩をしたことがあった。

当時私が住んでいたマンションの近くはルンペンっぽい人が結構いたんだ。
ある日Hとお祭りに行く途中に、時々見かけるルンペンが車道で突っ伏しているのを見かけた。
このままじゃ雑巾と間違えられて車に引かれるかもしれないなと思って、ダメ元でひっくり返して声をかけたらルンペンは目を開けたのよ。
多分熱中症だと思って「憩いの広場」っていう区民なら(ルンペンが区民かは怪しいけど)誰でも入って休憩できる広場に連れて行って水を飲ませてやったり、擦りむいた膝洗うように指示をしたりしていた。

Hがちょっと離れたところでシラっとしていつのに対してちょっとどうかと思ったんだけど、これは私の勝手でやっていることだからまあいいとするよ。

私もルンペンにばかり構ってられるほど暇ではないので、椅子に座らせて帰ろうと思ったらルンペンは「お礼」と言ってポケットからくしゃくしゃの1000円札を私に寄越そうとしたの。
そんなの貰えないよね。
アイスでも買えばいいよ。

ルンペンは「これでも昔は稼げたんだ。俳優をやっていた。今はこんなに格好悪くなっちゃったけどね。」と言って私に無理にお金を持たせようとした。
ルンペンはよく見るとジャン・レノに顔も声も動きまでかなり似ており、なるほど、確かに俳優だったんだろうなと思わせるような出で立ちだった。

「おじさんジャン・レノにそっくりだね。モテたでしょう?」と言ったら、ルンペンは「うん、よく言われてた」と嬉しそうに笑っていた。
私はなんだか居た堪れない気持ちになって「じゃあね!」と言ってお金を置いてそのまま小走りに逃げた。
あのシワになった1000円札は貰っておくべき物だったと、今でも少し後悔している。

Hも少し離れた所からルンペンに会釈してついてきた。

その後だよね、大変だったのは。
「あんな男のどこがイケメンなんだ。第一距離が近過ぎる。他の男ともあんなに近くで話をするの?僕がいるのに!あの男に惚れたの?どうなんだ!」みたいな事をすごい剣幕で詰め寄られた。
「どう考えてもルンペンに惚れるわけないだろ。第一私は誰にも惚れたことはない。お前も例外ではない。」と伝えたら、Hは湯気が出るほど怒り大声で喚きだしたので、私は家まで走って逃げて鍵とカーテンを閉めてハムスターを触っていた。

家の前に来て大声出されたら堪らないなと思っていたけれど、1時間経ってもHから連絡はなかった。

さすがに帰ったかな?と思ってカーテンを少し開けたら、マンションの前の駐車場でケータイを弄っているHが見えた。
まずい、これじゃあ一生家から出られない。何とかせねばならんな、と思いこちらから電話をする事にした。

電話はすぐに繋がり、今日はもう帰るように伝えたんだけど、Hは「どうして?逃げるってことはやましい気持ちがあるんでしょう?とりあえず出てきて、話そうよ。」との事で、このまま帰る気は更々ないようだった。

埒があかないのでカフェで話し合いの場を設けたんだけど、Hは人の話を全く理解しない様子で「まあいいよ、許してあげる」と困ったような呆れたような顔をして言い放った。

それは「心の広い自分は愚かな女を許してやった、やれやれ」と思っている顔だった。
その様子を見たときに「こいつはヤバイ、同じ人間ではない」と本能が言っているのを感じた。


この時別れれば良かったんだけど、Hに「次の月にディズニーのミラコスタに行く約束してるよね?」と話を持ち出されて、確かに約束は守らなくちゃダメだな...と思ってしまったんだ。

変なところが律儀なんだよ、私は。


そのミラコスタでHに本格的に嫌気がさして別れることになるんだけど、その話はまた明日。
それじゃ!

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